トル・ホグネ・オーロイ(Tor Hogne Aarøy、1977年3月20日 - )は、ノルウェー・オーレスン出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。
来歴
スプイェルキャビクIL、フリッジ・オスロFKを経て、1999年から2001年までは期待の若手選手として国内王者のローゼンボリBKに所属。しかしローゼンボリでは、怪我に悩まされて実績を残すことが出来なかった。
2001年から出身地のクラブである2部のオーレスンFKに移籍し、最初のシーズンで26試合に出場、12得点を記録。翌2002年は得点ランキング2位の17得点を挙げ、オーレスンの1部昇格に大きく貢献した。2003年は1部で6得点に終わり、チームも2部降格となる。以降、オーレスンは2004年に昇格、2005年にまた降格と1年ごとの昇降格を繰り返し、オーロイも目立った実績を残せなかった。しかし、2006年に加入したブラジル人FWデデ・アンデルソン(en:Dedé Anderson)と抜群の連携を見せるようになり、2006年はオーロイが12得点、デデが14得点という大活躍でオーレスン再度の1部昇格をもたらした。2007年以降、オーレスンは1部に定着し、オーロイも活躍。2009年には、32歳にしてノルウェー代表へ初招集を受けたが、試合日程が妻の第二子出産に重なっていたため辞退した。2010年には1部でのキャリアハイとなる12得点を記録。
2011年、10年間にわたって在籍したオーレスンを離れ、初の国外クラブとなるJリーグ・ジェフユナイテッド市原・千葉へ完全移籍。
2011年3月6日のギラヴァンツ北九州戦で、2点リードの後半右CKからのボールを頭で決め、移籍後初ゴールを決めた。4月24日のFC東京戦ではマーク・ミリガンのロングスローを頭で合わせ先制点を挙げた。しかし、7月31日に行われた横浜FCで試合中に右膝前十字靭帯部分損傷によって全治3ヵ月を負ってしまったが、10月30日、徳島ヴォルティス戦で久保裕一に代わり復帰した。
2012年は、ベンチ入りが多いにもかかわらず、わずか15試合1得点で留まった。結局、同年12月15日付けて契約満了となり千葉を退団。なお、シーズン終了を持たないまま帰国した。
人物
204cmの長身が武器のストライカー。当時のJリーグに所属した選手としては史上最長身・Jリーグ史上初の身長2m以上の選手であり、またJリーグに限らず、フィールドプレイヤーとしては世界で最も身長の高い選手であるとされる。(現在のJリーグ歴代最長身選手はガイナーレ鳥取所属の畑中槙人・205cm)
オーロイの加入を受け同J2リーグのFC東京は、急遽「オーロイ君」なるダミー人形を作成、セットプレー対策に用いたが、2得点1アシストと効果は見られなかった。この件についてライターの西部謙司は「付け焼き刃でやっても、ほとんど意味がない」とコメントしている。一方、オーロイ自身は「あの人形のことは知っているよ。上手くできているよね。モビリティは自分と変わらないと思うよ(笑)」と評価した。
日本での生活で一番不便なことについて「自分の体型にあった洋服がない」ことを挙げている。
所属クラブ
- 1995年 - 1997年 スプイェルキャビクIL
- 1997年 - 1999年 フリッジ・オスロFK
- 1999年 - 2001年 ローゼンボリBK
- 2001年 - 2010年 オーレスンFK
- 2011年 - 2012年 ジェフユナイテッド市原・千葉
- 2013年 - 2014年 オーレスンFK
個人成績
その他の公式戦
- 2012年
- J1昇格プレーオフ 1試合0得点
脚注
外部リンク
- トル・ホグネ・オーロイ - Soccerway.com (英語)
- トル・ホグネ・オーロイ - FootballDatabase.eu (英語)
- トル・ホグネ・オーロイ - WorldFootball.net (英語)
- トル・ホグネ・オーロイ - Transfermarkt.comによる選手データ (英語)
- トル・ホグネ・オーロイ - Transfermarkt.comによる指導者データ (英語)
- トル・ホグネ・オーロイ - J.League Data Siteによる選手データ



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