斉子女王(せいし(ただこ/きよこ)じょおう、生薨年不詳)は、平安時代後期の皇族。小一条院敦明親王の王女で、母は下野守源政隆の女(瑠璃女御)。同母兄弟に源信宗らがいた。賀茂斎院。

承保元年(1074年)12月8日斎院に卜定され、白河天皇及び堀河天皇の斎院として16年間奉仕した。寛治3年(1089年)4月12日、母の喪により退下。以後の消息は不明である。

参考文献

  • 角田文衛監修『平安時代史事典』角川書店、1994年。
  • 芳賀登ほか監修『日本女性人名辞典』日本図書センター、1993年。



"東アジア初の女帝"として知られる推古天皇は本当に「中継ぎ」にすぎなかったのか? 歴史・文化 Japaaan ページ 2

第7話 揺れる恋心

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