三条 公俊(さんじょう きんとし)は、鎌倉時代前期から中期にかけての公卿。三条家3代、左大臣・三条実房の子。官位は従二位・非参議。
経歴
藤原頼実の猶子となる。
正治2年(1200年)1月5日に従五位下となる。元久2年(1205年)8月9日左少将となり、下野権介、加賀介を経て、建暦2年(1212年)1月に左中将に任ぜられる。
建暦3年(1213年)4月に正四位下、建保6年(1218年)1月に従三位(左中将を辞す)、承久4年(1222年)1月に正三位、寛元2年(1244年)に従二位に任ぜられる。建長3年(1251年)9月に出家し法名を真空とした。
系譜
- 父:三条実房
- 母:藤原経宗の娘
- 妻:藤原親能の娘
- 生母不明の子女
- 男子:実清
- 男子:三条公為
- 男子:実為
- 男子:実仲
- 男子:公秀
- 男子:俊誉
- 女子:祇女
- 女子:阿古 - 中納言典侍、中院通教室、通藤母 ら
出典
- 角田文衛『日本の女性名』、国書刊行会、2006年
- 橋本政宣編『公家事典』、吉川弘文館、2010年




